Fisherman’s Memoir#12

第一章

遠洋マグロ漁船に乗った10年の物語

1992年冬

先生からの言葉を胸に生きていこうと思った。
しかし、体の異変は相変わらずで船に乗ると無意識に体が震えてしまい、どうにもならない。
TVを付けてもバブル経済が崩壊したと、しきりにメディアで騒いでいて暗い話題ばかりだったのでTVを観る気にもなれない。
病院に行ってみたが、当時はまだPTSD(心的外傷後ストレス障害)とい病気は一般的ではなく、薬すら処方されなかった。
僕だけでなく、日本全体がなんだか暗い影に覆われているような雰囲気が漂う冬だった。
これからどうなるんだろう?
そればかり考えて過ごす日が続いた。
祖父や父が守り、受け継いで来たマグロ漁船とい稼業が無くなってしまった・・・。
僕は、マグロ船に乗ることが定められた家に生まれ育った。
高校3年の時、就職面接講習も一般教養の授業も受ける必要がなかった。
同級生が面接講習を受けている時、一人校舎の屋上でラジオを聞きながらタバコをふかしながら青空を眺めて過ごした。

先生に注意されることもなかった。
マグロ船に乗ると決まっていたから。
週に1度、父の入所している療養施設まで車を走らせ着替えを届けた。
そんなある日。
家に帰ると、玄関に見慣れない男性物の大きな靴があった。
「誰か来てるのかな?」と思い、居間に向った。
居間に入ると、僕より6歳年上で顔見知りの先輩と母が座っていた。
先輩は僕の顔を見るなり「お、帰ったか」と言った。
僕は緊張した。
地元では暴れん坊で有名な人で、肌は色黒で眼光が鋭く顔は長渕剛に似ている。
幸漁丸という船を運営する家の長男で跡継ぎ。
先輩と母は、僕の帰りを待っていた様子だった。
その様子を察した僕は、先輩の向いに腰を下ろし先輩の顔を見て言った。
「どうしたんですか?」
先輩は、僕の顔を真正面に見て「お前、俺の船に乗らないか?」と言った。
僕は「俺の船って?」と聞き返した。
先輩は「次の航海から、俺が船頭で出港するんだ」と言った。
正直、僕は驚いた。
6歳年上とはいえまだ27歳、船頭としては若過ぎる。
「船員は全員、若くて勢いのある奴を集めている。お前、俺の船に来い」
驚いている僕の顔を見て、先輩はそう言った。
僕は「僕の他は誰が乗るんですか?」と、他の船員を聞いた。
先輩の口から出てくる船員達は、どれも個性的で癖のあるメンバーだった。
機関長は先輩の同級生でいつもは物静かでニコニコしているが、キレると手がつけられなくなるトモさん。
甲板長(ボースン)は、小学校6年にして朝礼の時に担任の先生と本気の喧嘩をして、警察沙汰までなった僕の幼馴染みで僕より4歳年上のゲンさん。
僕は高校2年の時に酒に酔ってその人に喧嘩を売り、ボコボコにされ僕をボロ雑巾みたいにした人だ。
冷凍長は2歳年上のジンさん。
怪物君と同レベルの知能と同レベルの肉体を誇るが、一つ違う点は男前だ。
B,zの稲葉が背の低い筋骨隆々のマグロ漁師になった感じ。
その他、僕より2~1歳年上の先輩に、僕より4歳年下で高校を卒業して3ヶ月目の後輩まで。
全船員が20代で構成されていた。
面白いメンバーが揃っていて、それを聞いた僕は「面白そうっすね!」と言った。
先輩は「おう!気合い入った連中ばかりだろ!お前もこい!」と言った。
僕は母の顔を見た。
母は僕とは目を合わせず、テーブルを見つめたまま小さく頷いた。
母の頷く顔を見て、なんとなく背中を押される気がした。
「是非、お世話になります」と答え、幸漁丸に世話になることになった。
その夜、僕はグァムにいるジュリアに電話をした。
受話器から、彼女の優しくて柔らかい声が聞こえてきた。
ジュリアは、僕の家族のことや、僕のことを心から心配してくれていた。
僕は、またマグロ船に乗る事を告げた。
「またマグロ船に乗ることになったよ。」
「そう、やっぱり乗るのね」
「当分の間、グァムには行けないと思う。会えないけど大丈夫?」
幸漁丸は日本を拠点して航海をする船で、グァムに入港する事は無いと伝えた。
彼女は少し淋しそうな声色で「そうなんだ」と言って、少し間をおいた後、僕の気持ちを察したように元気な声で「でも、会えないの永遠じゃないし!」と、笑いながら言った。
“いつか会いに行くから、待っていてくれ”と、彼女に言えなかった。
まだ心の不安も取りきれていないし、これから先どうなるかもわからないフワフワした状況で、それは言えなかった。彼女の元気な声が、切なく聞こえた。
会いたい心から、そう思った。
ジュリアとの電話を切った後、漠然と二人の将来像を想像してみたが何もイメージができなかった。
その時、きっといつかくる別れを予感した気がした。

再出航

1週間後、幸漁丸の出航の日を迎えた。
出航の1時間前に幸漁丸に荷物を積み込み出航の準備をしてるとき、また体に異変が現れてきた。
両手が震えて体全体がフワフワした感覚がして目眩し、呼吸も少し苦しかった。
「そのうち、治るさ」と自分に言い聞かせながら、出航の準備をした。
数人の友人が、出航する僕を見送りに来てくれた。
僕のマグロ漁船での再出航だった。
出航して1時間程して、船尾から小さくなっていく故郷の島を眺めていた。
まだフワフワした感覚と息苦しさは消えなかった。
こういう時は精一杯強がるのが良いかもしれないと思い、僕は「海よ戻ったぞ」と呟いたが不安な気持ちの方が強く、前向きな気持ちに切り替えようとしたがなかなか上手くいかなかった。
冬の外洋は徐々に荒れてきて、風も強くなってきた。
僕は寝台に入り、CDプレイヤーにヘッドフォンのジャックを差し込んでヘッドフォンを耳に当てた。
プレイヤーもヘッドフォンもCDも、船の火事で全て燃えてしまっていたため、新しく買った新品だった。
こんな気分の時に“しんみりした曲”は聴きたくなかったので、こういう時はやっぱり永ちゃんだな!と思い、矢沢永吉のLIVEアルバム「STAND UP!!」というCDをセットし再生ボタンを押した。

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感想(0件)

CDを聴いていると、違った意味で体が震えてきた。
血潮が激る感じというか、感動というか。なんとも言えない感覚だった。
永ちゃん著書の「成り上がり」に書いていた言葉が、フッと頭に浮かんだ。
てめぇの人生なんだから。てめぇで走れ。
その言葉を思い出した時「自分の人生なんだから、自分で走ってやる。負けねぇぞ」と思えた。

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感想(94件)

若気のいたり

幸漁丸に乗船してから、1年が過ぎようとしていた。
血の気が多く、若い連中が乗り合うマグロ漁船は楽しかった。
楽しい日々の中で、僕は僕自身を知らないうちに取り戻していた。
航海の操業が終わり、入港した時の話し。
ごく稀にだが、入港地で親友の乗ったマグロ漁船と同時に入港することがある。
幸漁丸は、宮城県の塩釜港に入港した。
船は岸壁に着岸し水揚げの準備をしている時「ケイジ!」と、岸壁から僕を呼ぶ声がした。
岸壁を見ると、久しぶりの顔が3人あった。
幼馴染みで、中学生の時毎晩のようにバカなことをして遊んだミサオ、シンイチ、マサカズの三人が、ニコニコとした顔で僕を見ていた。
3人共、中学を卒業するとすぐにマグロ船の漁師になった。
僕が高校生の頃、一人一人とは会って遊んだことはあったが4人が揃うのは、6~7年振りだった。
「おおー!久しぶりだなぁー!」と、僕は3人に声をかけた。
「お前なんかに会いたくねーけどな!」と、口の悪いシンイチが僕に向って言った。
そんなシンイチに「お前一回死ぬか!こら!」と、僕は笑いながら答えた。
着岸をしてすぐに、マグロ水揚げの準備に取り掛かる。
ボースンの指示のもと、皆テキパキと準備を進めていく。
ボースンの口調は、ルパン三世に出てくる銭形警部にそっくりだ。
普段の会話でも、怒鳴っているような口調の人だ。
あれじゃぁ、彼女なんて出来るわけない。
関係ないけど。
マグロ水揚げの準備は、30分程で終わった。
ボースンが船頭に水揚げ準備完了を伝えると、船頭から下船の許可が下りた。
3人は、僕の下船を岸壁で待っていた。
僕は3人に近付き、挨拶替わりにシンイチのケツに蹴りを入れる。

「久しぶりじゃねーか、このヤロー!」

シンイチのケツはパチン!っと鳴った。
下船してすぐで揺れない地面が久しぶりだったので、左の軸足がブレたのと履いていた長靴のせいでキックが入る瞬間のフォロースルーが甘かった。
普段の僕のミドルキックなら“ドスン!”と、重く鈍い音がなるはずだ。
それでもシンイチは「ウゥ」と小さくうなりケツを抑えてうづくまり「バカタレが」と、小さな声でダウンタウンの「笑ってはいけない」シリーズのココリコの田中がタイキックをされた時のような格好で僕に言い放った。
それを見ていたミサオとマサカズは、声をあげて笑っていた。
ミサオは僕の無二の親友で、子供の頃からの“ツレ”。
シンイチは、頭の中が“AVとパチンコ”で一杯のちょっと夢見がちな青年で、マサカズは普段は物静かで大人しく僕らの後ろを着いてくる感じだが、酒を飲むと手のつけられない暴れん坊に豹変するかなりのお茶目さん。
久しぶりの再会で、立ち話に花が咲いた。
漁の事、故郷の噂話など、話題は絶えることがなさそうだった。
そんな時「お前、水揚げ何時から?」と、ミサオが僕に聞いた。
僕は「うちの船は明後日の5時から、明日は休みだ」と答えた。
「お前、塩釜に入るの(入港するの)久しぶりだろ?」とミサオ。
僕は「そうだな」と答えた。
「シンイチの船も水揚げ明後日だし、俺とマサカズは水揚げ終わって明日出港だし。どうだ?4人で仙台に遊びに行かねぇか?」とミサオが言った。
僕は「おお!行こうぜ!」と言って、シンイチとマサカズも同意した。
話しは決まった。
僕ら4人は、仙台に遊びに行くことになった。
僕達は、仙台に向かう前に郵便局に立ち寄った。
とりあえず、自分の口座から400万の現金を降し、ジャージのズボンの右のポッケに100万、左のポッケに100万、左足の長靴の中に100万、右の長靴の中に100万を入れた。


タクシーを拾い、四人で塩釜市から仙台市に向かった。
助手席にマサカズが座り、僕は後部座席左、ミサオが真ん中、シンイチが後部座席右側に座った。
仙台市に向かうタクシーの中、助手席に座るマサカズが、後部座席に座る僕らに向かって1枚のチラシを差し出した。
ミサオがそれを受け取った。
そのチラシは、風俗店のチラシのようだった。
「そのデリヘル、何してもいいらしいぞ」と、マサカズは言った。
ミサオが「何してもいいって?」と、マサカズに聞き返すと
マサカズは「だから、何してもいいんだよ」と、意味あり気にミサオに言ったあと続けざまに「先輩が使ったらしいんだけどな、すごかったらしいぞ。」とミサオを振り向き、少し笑いながら言った。
ミサオは「面白そうだな!今夜、使うか!?」と、左右の僕とシンイチをキョロキョロするような感じで見た。
「そんなもん使うか」と僕は答え、シンイチは「俺、行きつけのソープランドあるから」と二人にアッサリ断られた。
「マサカズ、お前付き合えよ!」と、ミサオは助手席に座るマサカズに言った。
それにマサカズは「いいぞ」と、二つ返事で答えた。
車内には、ミサオの楽しそうな鼻歌が流れていた。
数十分でタクシーは仙台市に到着した。
まずは4人でサウナに入りサッパリした後、仙台市内のデパートに向かった。
デパート内の、ジョルジオ・アルマーニというブランドショップに入った。
僕たちは4人とも薄汚いジャージに長靴という出で立ちだった。
そんな僕を見て、店員は怪訝な顔を隠そうともしなかった。
そういう時は、現ナマを見せるのが一番効果がある。
先輩から学んだ。
僕は、右のポッケから200万の札束を出し「これで買えるスーツとシャツと靴とか、一式揃えてくれない?」と店員に聞いた。
その瞬間、店員の態度は一変した。
しかも、4人揃ってだから効果は絶大だった。
気に入ったスーツを試着室に入り着て、パンツの裾の長さを合わせ超特急で仕上げるように店員に告げる。
店員は「はい!かしこまりました!すぐ仕上げます!」と言いパンツを持って、どこかへ走り去った。
僕たちは店内の応接セットに通され、そこで仕上げをまった。
十数分で仕立てが終わったパンツを持って、店員が現れた。
店員を待つ間、僕ら4人にコーヒーが運ばれてきた。
再度試着室に入り長靴とジャージを脱ぎ、大きな袋を用意させそれを全部袋に入れる。
試着室から出て、その袋を店員に渡し「これ、捨てといて」と言って、その店を立ち去った。
店員5人が横に一列に並んで、立ち去る僕らに深々とお辞儀をしていた。

「陸に上がって金持つと、沖の苦労を忘れる」

その言葉が、僕の身に染みていた。

既に時刻は19時を過ぎていた。
向かうは東北地方最大の歓楽街と呼ばれる、仙台市国分町へ。
アルマーニに身を包んだ4人は、肩で風を切るように歩いた。
ミサオは、国分町に詳しかった。
ミサオの案内で、超高級鉄板焼きを食べに行った。
鉄板焼きを食べているとき、食事代の支払を誰がするのかジャンケンで決める。
マサカズが負けて、全てマサカズが支払った。
店を出て歩いていると、客引きのお兄さんがミサオに話しかけてきた。
「大将、今夜はどちらへ?」と、聞いてきた。
どうやら、そのお兄さんとミサオは顔なじみらしい。
ミサオが僕らに向かって「安くするって言ってるけど、どうする?」と聞いてきた。
僕は「安くしなくていいから、いい女がいる店に連れてけ」と、ミサオに向かって言った。
ミサオは客引きのお兄さんに向かって「安くなくてもいいから、いい女が揃ってる店ある?」と聞いた。
客引きのお兄さんは「任せて下さい!ご案内します!」と僕らを誘導した。
店にに到着して、扉が開かれた。
豪華で広くキレイな店内だった。
まだ時間が浅いせいか、客はチラホラしか入っていない。
客引きのお兄さんは「お楽しみください!」と言って、姿を消した。
僕ら4人は、席に腰を下ろした。
ほどなくして、キレイなドレスに身を包んだ女の子たちが4人現れ
僕ら4人の、それぞれの間に座った。
僕の隣に座った女の子が「みなさん、ビシッと決まっててかっこいいですねぇ!」と言った。
僕は、スカした感じで「そう?」と答えた。
僕は隣に座った女の子に「ここの社長、ちょっと呼んで」と言った。
女の子は「社長ですか?」と僕に聞き返した。
「うん、そう。社長呼んで」と、僕はもう一度その子に言った。
女の子は、フロアで働いているボーイを呼びとめ「社長来てる?」と聞いた。
ボーイが「はい、います」と答えると、「お客さまがお呼びですって伝えて」と言った。
僕らの座る席に、その店の社長が現れた。
僕に名刺を差し出す。
僕以外の3人は、隣に座る女の子と楽しそうに話していた。
僕は社長に向かって「今店にいる客が引いたら、この店貸切にできる?」と聞いた。
社長は「貸切ですか!?」と、少し驚いた感じで、僕に聞き返した。
僕は「うん」と答えた。
「4名様で貸切ですか?」と、再度僕に聞いた。
僕は「そうだよ」と答えた。
「4名様での貸切はちょっと・・・」と、困った感じの社長に
「じゃあ、幾らで貸切できるの?」と聞いた
社長は僕の耳元に顔を近づけて「シャンパンとかワインとか、高いお酒は別料金で500万でいかがでしょう?」と、耳打ちをした。
僕はうなずき、ミサオとシンイチとマサカズに「おい!お前ら100万出せ」と少し大きな声で言った。
3人は別に驚きもしない感じで、それぞれ100万を取り出しテーブルの上に置いた。
僕はそれを集め、自分の胸ポケットから200万を取り出した。
総額500万を社長に手渡し「これでいいでしょ?」と言った。
社長は驚いた顔で「ありがとうございます!他のお客様がはけ次第、女の子全員着かせますから」と言い一礼をして、僕らの席から去って行った。
1時間程して、僕らの席にその店の全員の女の子が着いた。
他の客は、一人もいなくなっていた。

「女の子たち好きな物なんでも飲め!なんでも食べろ!」

とシンイチが叫んだ。

今になって思えば、嫌なガキだったなぁと思う。
しかし、この頃の僕らは「遊べる時遊んでおかないと、沖でいつ死ぬかわからない」そういう気持ちが常に心のどこかにあった。
漁師なら、決して珍しい話では無い。
4人とも、数年間のマグロ船暮らしで何度かそういう場面に遭遇してきたのだ。
宴は続いた。
お酒があまり飲めない僕は、とにかく隣に座っている綺麗な女の子を口説くのに必死になっていた。
そんな時「オラ!お前!気くわねぇんだよ!」と叫ぶ声がした。
マサカズだ。
完全に酔っている。
見ると、目はすわり、酒乱モード全開のまっしぐら。
女の子にはニコニコとスケベ丸出しで、男にはクダを巻いて絡むという感じの酒癖だ。
隣の女の子が僕に「あの人、大丈夫?」と聞いたので
「いつものことだから、大丈夫」と言って、マサカズを無視した。
マサカズはボーイを捕まえ、自分の目の前に正座をさせて説教をしている。

「若いくせに、●×♪▽●♪□〇▲」

何を言ってるのか、ほとんどわからない。
するとシンイチが僕の横に座すわった。
「なぁ、これ先輩に貰ったんだけどさ」と、小さな透明の目薬の容器の様な物を僕に見せた。


「これ酒の中に入れると、一発で大人しくなるらしんだ」と、ニヤニヤしながら僕に言った。
「お前、それヤバイ薬とかじゃねーの?」と、僕が聞くと「ヤバイから薬なんだろうが」と、訳のわからない説明をした後「これマサカズに飲ませようぜ」と、うすら笑いを浮かべて言った。
僕には「これ、マサカズで試そうぜ」と、言っているようにしか見えなかった。
僕が「やめとけよ」と言っても、全く聞く気もない感じだ。
シンイチはグラスを手に取り、ブランデーを注ぎ薬をピューーッと入れ氷と水をいれてかき混ぜた。
グラスを手に取りマサカズの隣に座り「マサカズ、まあ落ちつけよ。ほら、飲め」と言って、グラスを差し出した。
しかし、酒乱モード全開のマサカズは素直には聞き入れない。
「なんで俺がお前の指図をうけなきゃならねーんだ!?おぅ!?」と、今度はシンイチに絡み出した。
シンイチはニコニコしながら「まあ、落ち着けって兄弟。これ飲め、ほら」と、薬入りの水割りの入ったグラスをマサカズの口元に持っていく。
酒乱でも素直な部分は残っているようで、マサカズは口元に持ってこられたグラスを文句を言いながら飲みだした。
「ほら、一気に飲め兄弟。一気に飲め」と言って、シンイチはマサカズに薬入りの水割りを一気に飲ませた。
「飲んだぞ、このヤロー」と薬入りの水割りを飲みほしたマサカズは、いつもの目の据わった酒乱のマサカズだった。
薬に即効性は無いらしい。
シンイチが僕の隣に戻ってきた。
「すぐには効かないのかなぁ?おかしいなぁ、先輩はイチコロだって言ってたんだけどなぁ」と、首をかしげながら言った。
僕の隣には、その店の指名No.1の子が座っていた。
座っていたというより、座らせていた。
「明日、休みなんだけどな。俺、仙台詳しくなくてさ。買い物行きたいんだけど一緒に行かない?」と、まるで成り金オヤジの様な口説き方をしていた。
女の子は、まんざら嫌そう感じでも無かった。
「今夜、ホテルに泊まるんだけど。俺、淋しくて一人で眠れないからさぁ」などとも言った記憶がある。
そんな時

キャァァァァァーーーッ

と、女の子の叫ぶ声が聞こえた。
その声の先を見てみると、さっきまで酒乱だったはずのマサカズが下半身を丸出しにして呆然と立っていた。
靴と靴下は履いたままだ。
ミサオが「マサカズ!どうした!?」と叫んだが、マサカズには聞こえていないようだった。
シンイチは、ニヤニヤしながら見ている。
僕は、呆気にとられていた。
次の瞬間、マサカズはつま先立ち歩き出した。
バレリーナのような、キレイなつま先立ちでトットットットッと歩いている。
右に行ったり、左に行ったり。

その場にいる全員の視線がマサカズに注がれ、静まり返っていて店内流れるムードのあるBGMとマサカズのつま先立ちで歩くトットットッという音が響いていた。
僕らも女の子たちもボーイも、無言でマサカズを見つめていた。
すると突然、マサカズは僕らが座っている正面にあるテーブルに手をつきお尻を僕らの方に向けた。
肛門が丸見えになっていて、足はつま先立ちのままだ。
マサカズと僕らからの2mほどの距離にいる。
マサカズのケツの穴まで、バッチリ見える。
ほとんどの女の子は、手で目を覆って見ないようにしていた。
マサカズは僕らにケツを向けたまま、つま先立ちだ。
しかし、バレリーナのようなつま先立ちはキツイのだろう。
マサカズの足は小刻みに痙攣し、そしてパタリと踵を地面につける。
踵が地面についた瞬間、またつま先立ちなるを繰り返していた。

産まれたての小鹿のようだった

プルプルプルプル、パタリ。と爪先立ちになっては踵をパタリと地面につける。

プルプルプルプル、パタリ。

プルプルプルプル、パタリ。

プルプルプルプル、パタリ。

何度それを繰り返しただろう。
僕は、マサカズの様子が面白すぎて腹筋が張り裂けるほど笑っていた。
見かねたミサオが「もういい、マサカズわかった!マサカズわかったぞ!お前の気持ちはよーーくわかった!」と言って、お店のひざかけでマサカズの下半身を隠した。
何もわかっちゃいない、ただ醜さにあきれ果てただけである。
ミサオは、マサカズの下半身を隠すと、強引にマサカズをソファーに押し倒した。
するとマサカズは、いびきをかいて眠ってしまった。
僕がシンイチに「おい!やっぱりヤバイ薬だったじゃねーか」と言うと「ヤバイね、あんなになっちゃうんだ!」と言って、自分がやったくせに、まるで他人がやった事のようにゲラゲラと声をあげて笑っていた。
「お前、どのくらいの量入れたの?」と僕が聞くと「半分くらい。先輩からは2~3滴にしとけって言われたんだけど」と、何食わぬ顔で恐ろしいことを言った。
マサカズはいびきをかいて寝ている。
一連の騒動もマサカズが眠ったことによって、落ち着いてきた。
僕は、その後も隣の女の子を口説いた。
そして、店が終わってから二人で飲みに行く約束をした。

「よし!落とす!」と思った。

店が閉店を迎え、シンイチはマサカズをホテルに送り、ミサオは夜の街に姿を消した。
おそらく昼間にマサカズにもらったチラシのデリヘルへ行ったのだろう。
僕は、隣に座っていた女の子と飲み直そうとアフターに行った。
「街のこと何も知らないから。雰囲気の良いバーとある?」と彼女に聞くと、彼女は少し考えた素振りを見せた後「あそこだったら良いかも」と言って、僕に腕を組んできて僕を引っ張る感じで歩き出した。
暗がりに小さな照明に照らされた店名が書かれた店の前に着くと「この店」と言って、彼女はドアを開けた。
僕は、彼女の後に続き店内に入った。
店内は薄暗く、二人掛けソファがカーテンで仕切られた空間が何席かある作りになっていた。
彼女は店員に「二人です」と告げると、店員は僕たちを席に先導した。
二人はソファーに腰を下ろし、僕はジントニックを彼女はモスコミュールを注文した。
程なくして、注文したドリンクがテーブルに運ばれてきて、改めて乾杯をした。
乾杯の後、楽しく会話をした。
しかし、お店に入ってからずっとジュリアの顔がチラついて、会話にあまり集中できなかった。
1時間ほど経ったとき「あれ?口説いてこないよね?」と、不意に彼女は僕に聞いた。
僕は「なんかシラけちゃって」と答えた。
「なんでシラけちゃったの?私が悪かった?」と聞いてきた。
「君のせいじゃ無いよ。俺の問題だ」と答えた。
「それなら良いんだけど。よかったら話して」と優しい口調で彼女は言った。
僕はジュリアのことを話した。
日本とグァム島との遠距離恋愛をしていること。
彼女のグリーンの瞳と綺麗な髪のこと。

話している間、ジュリアに惚れている自分を改めて認識した。
彼女は一通り話を聞き終わると「素敵な恋してるんだね」と微笑んだ後
「でも、なんか私がシラけちゃった」と悪戯な目で僕に向かって言った。
その後、お店を出て彼女にタクシー代を渡し、彼女の乗ったタクシーを見送った。
公衆電話の電話ボックスに入り、財布からジュリアの自宅の電話番号が書かれたメモを取り出して電話を掛けようとして受話器を取ったがやめた。
日本とグァム島との時差は日本時間のプラス1時間で、腕時計を見ると午前4時を過ぎたくらいだった。
当時、まだ携帯電話が普及していなかったため、ジュリアにダイレクトで電話することができず、ジュリアの家族の人にも迷惑を掛けてしまうと思った。
僕は、電話ボックスを出てホテルに歩いて帰った。

つづく

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