Fisherman’s Memoir #4

第一章

遠洋マグロ漁船に乗った10年の物語

2航海目は初航海に比べ、あまり殴られることも怒鳴られるなかった。
3航海目は、2航海目よりも褒められることが多くなり頼りにされることが多くなった。
3航海目の操業が20回を超え、操業も終盤に近づいていたある日のこと。
夜食を済ませ、縄を揚げ終わるまであと2時間程度という時だった。
その日は潮の流れが悪く幹縄と枝縄が団子状態の「縺れ(もつれ)」となって、巻き上がってくる事が数回あった。

もつれイメージ図


海中で幹縄と枝縄が絡まってしまい、巨大な縺れになってしまうのだ。
そのため揚縄の作業はなかなか進まず、通常の揚縄のより時間が押していた。
甲板右舷前方に設置されているサイドローラーを、冷凍長である兄が担当していた時だった。
軽快なリズムで幹縄と枝縄を接続しているスナップをパシッ!パシッ!と外していた。
僕は冷凍長の後方で、ブランリールで枝縄を巻き上げる係を担当していた。
すると、サイドローラーがグワン!”と音を立てたかと思うと、バスケットボール程の大きさの団子状態の縺れ(モツレ)が巻き上げれるのが見えた。
次の瞬間、目の前の縄先の冷凍長が左手を引っ張られた格好で右舷からがある左舷まで、ヒュン!!とすっ飛んていった。

ヒュン!

人が舞って飛んでいくのを初めて見た。
一瞬の出来事だったので、その瞬間何が起きたのかわからなかった。
冷凍長は左舷側の鋼鉄製の壁に、背中から叩き付けられ倒れ込んだ。
誰かが「ラインホーラーストップ!」と叫んだ。
ブリッジの船頭がラインホーラーの緊急停止ボタンを押し、ラインホーラーが停止して揚縄は一時ストップした。
僕は、吹っ飛ばされた冷凍長に近づき「大丈夫か!?」と声を掛けた。
よく見ると、冷凍長の左手からおびただしい血が出ているのが見えた。
冷凍長はうつ伏せになり、右手で左手の手首を持ち「ウゥゥゥ……」とうなり声をあげていた。
“止血しなきゃ!“』一瞬頭によぎった。
僕は冷凍長の左手を持ちあげ見てみると、手袋が裂け左手の親指と人差し指の間から血がドクドクと出ていた。
僕が「冷凍長!」と声をかけると、冷凍長は顔お歪め目を閉じて「ウゥゥ」と唸っていた。
僕は自分のカッパの腰を止めているベルト用のゴムを外し、冷凍長の左腕の肘のあたりにグルグルと強く巻きつけた。
夥(おびただ)しい量の血がドクドクと出ていた。
一刻も早く止血をしなければ命に関わる。
怪物君と僕と二人で冷凍長を担ぎ、ブリッジの横に運んだ。
船頭がブリッジから出て来て、いきなり冷凍長の顔を平手で引っ叩いた!
「おい!返事しろ!」と船頭が怒鳴ると、冷凍長は「ウゥゥ」と、唸って答えた。
船頭は、冷凍長の意識があるのかを確認した。
船頭が怪物くんに「おい!焼酎をもってこい!」と言った。
怪物君は焼酎を取りに船尾に走り、僕と船頭は冷凍長の来ているカッパと長靴を脱がせ手袋をハサミで切った。
僕が止血用のゴムベルトを一旦外し、改めてギュッと締め直した。
止血用ゴムベルトを外した時、左手から出ている血の量は明らかに増えたのがわかった。
僕は船頭に「医療道具はどこにあるの?」と聞いた。
船頭は「操舵席の下に入っている」と答えた。
「船頭、それを用意してもらっていいですか?」と言うと、船頭はブリッジに入って行った。
船員達は、心配そうに冷凍長の回りを取り囲んでいる。
僕は自分のはちまきに使っていたタオルで、冷凍長の左腕上腕二頭筋辺りをもう一度縛り上げた。
学生の頃、授業で応急処置の方法を教わっていた。
その通りにやってみようと思った。
冷凍長の血だらけの左手を持ち、ブリッジ横の清水用の水道で冷凍長の左手の傷口を洗い流した。
冷凍長は「ウッ」と唸り、体がビクッとなった。
洗い流した冷凍長の左手の傷口を確認すると、親指と人差し指の間が3センチくらい裂けていた。


そこに、怪物君が一升瓶の焼酎を持って来た。
僕は怪物くんに「体が動かないように押さえつけて」と言うと「わかったガッテン!」となぜか得意気な顔で怪物くんは冷凍長体を体を押さえつけた。
こう言う時にふざけた感じでリアクションできるのこの人だけだと思った。
僕は冷凍長の左手を力強く持ち、傷口に焼酎を流し込んだ。
「グゥアァァ!!」と言って冷凍長は、僕を跳ねよけようとした。
顔を見ると痛みで顔が歪んでいる。
ここで暴れられると出血が酷くになる。
申し訳ないが少しの間寝ていてもらおうと思い、左顎の付け根にコツンと一発右フックを入れた。
気絶したのか観念したのか、冷凍長は大人しくなった。
高校生の頃やっていた、キックボクシングが役に立ったようだ。
特に右フックは得意なパンチだ。
僕が冷凍長の腕を持ち怪物くんに足を持つように言って、二人でブリッジの中に運び込んだ。
冷凍長の体を押さえつけておくには、もう一人必要だと思ったのでボースンを呼んだ。
ボースンに胴体を抑えてもらい、怪物君に下半身を船頭に腕を押さえ付けるように言った。
ブリッジには船頭が用意した医療用具の箱が用意されていて、僕は医療用具の中から消毒液と縫合用の針と糸を出した。
消毒液をコーヒーカップに注ぎ、その中に縫合用の針と糸を漬け込んだ。
僕は自分の手を消毒液で消毒していると、船頭が「お前、縫えるのか?」と聞いた。
僕は「船頭、縫えるの?」逆に聞き返すと船頭は黙った。
僕が「絶対に暴れさせないで」と、三人に言うと改めて三人は冷凍長を押さえつけた。
その頃には、冷凍長は意識を取り戻していた。
傷口からの出血はまだ止まってないが最初の勢いは無くなっていた。
幸い血管は、傷ついていないようだ。
冷凍長の左手の親指と人差し指の間から、白い糸のような物が垂れていた。
その白い糸はダランと垂れ下がっている。
幸いそれも切れていなかった。
縫合に入る前に「この白いの何だろう?」と思い、その白いものを指でツンッとやってみると
冷凍長は「ウガァァァァ!!!!」と叫び声をあげた。
「あ、神経みたい」と思ったが、医者ではない僕にでわかるはずも無い。
「うるせぇから、口に何か突っ込んどいて!」と僕が言うと、ボースンがタオルを冷凍長の口に押し込んだ。
さてさてオペを開始しますかね!
とりあえず、傷口から出ている物や垂れ下がってる物を傷口の中に全部収めてと。
楽しそうに施術をしていると視線を感じたので冷凍長の顔を見ると、冷凍長は見開き真っ赤な目で僕を睨みつけていた。
何か縫合するににモデルになるものないかな?と思い、自分の左手の親指と人差し指の付け根を見た。
そうそう!これをモデルに縫ってみよっと。
まずは、手の甲の方の親指と人差し指の間の深いところに縫い針をスッと押し込んで、傷口を塞ぐようにシャっと通す。
スッと押し込んで、シャっと通す。
我ながら、縫うの上手いじゃない!
人なんて初めて縫うんだけど。
冷凍長の顔を見た。
顔を見ている僕に気がついたのか、冷凍長は真っ赤な目を大きく見開き僕を睨み付けていた。
その顔を見て、僕は優しくニコッと微笑んであげた。
すると冷凍長はタオルを咥えなが「フフェッ!フハフフニファファフッ!」と僕に向かって言った。
多分「テメェ!早く縫いやがれっ!」と言ったんだろうと思った。
僕は「はいはいはい」と返事をして、縫合を続けた。
手の甲側から手のひら側に縫合をして行った。
医者では無いので、とにかく傷口が綺麗に塞がるように縫って行き、やがて縫合手術が終わった。
冷凍長を押さえつけていた三人は、揚縄を再開するためそれぞれの持ち場に戻った。
僕は冷凍長の傷口を再度消毒して包帯で覆い、ペニシンを注射して化膿止めの薬を飲ませた。

オペ完了

僕は揚縄に戻ろうと立ち上がると、揚縄に戻ろうとする僕に向かって「ありがとうな」と、映画に出てくるくらい真っ青な顔をして冷凍長は言った。
その日、冷凍長の事故もあり、船はほとんど満船状態となっていたため揚縄が終わると操業をやめ、帰港することになった。

三回連続、和歌山県那智勝浦町入港。
もちろん怪物君の機嫌はとても悪かった。
ソープランドが無いから。
港に入港すると、冷凍長はすぐに病院に向かった。
醜く傷跡は残ったが、今でも不自由無く左手は使えている。
季節は8月、お盆休みの時期を向かえていた。
初航海から3航海を終え、約5ヶ月振りに郷里に船は帰ることになった。
約5ヶ月間長いようで短かったし、短かったようで長かった。
郷里の港に入港し、船は速度を落としてゆっくり進んだ。
船が右舷接岸をしようと左舷に舵を切り船はゆっくりとゆっくりと岸壁に近づく。
その時ボースンが僕に、「ほら、親方に一番綱を投げてやれ」と、接岸用のロープを僕に渡した。
一番綱とは、漁を終え母港に接岸する時に船首から最初に投じるロープの事を言う。
親方とは、祖父の事である。
岸壁には、祖父の他に船員の家族が出迎えに来ていた。
「一番綱を投げれるんだ!」と、嬉しかった。
僕はボースンからロープを受取り、船首の先端に立った。
船は速度を落として、徐々に岸壁に近づいていく。
船頭はブリッジの上に出て、有線式の遠隔操縦機を手に船を操縦しながら、僕が一番綱を投げるのを待っている。
岸壁が近づいた時、僕は手に持った一番綱を岸壁にいる祖父に向かって投げた。
一番綱は、空中に綺麗な放物線を描き岸壁に落ちた。
「よっしゃ!!!」と船頭が声を上げた。
船のエンジンは前進から後進に切り替わりゴォォォォーと唸りを上げ前進する惰力がピタリ!と止まった。
綺麗な接岸だった。
船首に立つ僕に「いい漁ができたな!」と祖父が声を掛けた。
僕は「うん!」と笑顔で祖父に答えた。
嬉しそうに微笑む祖父の目には、涙が浮かんでいるように見えた。
僕が子供の頃、祖父は自分の小型船に僕を載せ漁に連れて行った。

潮目の見方

潮汐による流れの変化

夕焼けが教えてくれる明日の天気

海に関することは、全て祖父から教わった。
船の片付けを終え荷物を持ち家に帰った。
船から上げた荷物を置き、風呂に入り自分の部屋行った。
「帰ってきた」と、独り言を言いながらベッドに仰向けになり天井を見上げた。
「俺の部屋、こんなに広かったっけ?」と思った。
部屋の広さは5畳くらいしかない。
広く感じるのも無理ない、半年近く小さな箱のような寝台で生活していたのだから。
コンコンとドアをノックする音がした。
「どうぞ」と言ってベッドから起き上がると母が部屋に入ってきて「ほら、お前の給料だよ」と、郵便局の預金通帳を僕に手渡した。
預金通帳を僕に手渡すと母はすぐに部屋から出て行った。

給料!?そうか!働いたんだもんな!!


通帳を開いてみると、4を頭にして0が多い!!!
僕は指で一つずつ0をなぞって数えてみた。
いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん・・・・。
ひゃくまん!!百万!!4,000,000!!!!
まだ18歳で未成年の僕は、そんな大金は見たこともないし。

バカに大金持たされば、もっとバカになるのは当たり前!

急にソワソして、矢も盾もいられず!!
すぐに、友達に電話をした。
「おい!遊びに行くぞ!!」
「なに!?仕事!?早退しろ!遊びに行くぞ!」
僕は船から着て帰ったジャージ姿のままスニーカーを履き、僕の住む島と街を繋ぐ海上フェリーに乗り込んだ。
フェリーが港に着くと、友達思いの僕のお友達は仕事を早退して僕を迎えに来てくれていた。
彼の車に乗り込み郵便局に行き、とりあえず200万を引き出して街に行った。
デパートに行き、当時流行のブランド物の洋服を買い、店内で買ったばかりの服に着替え、店員に「ジャージと靴、捨てて」と言って店を出た。
お盆休暇の5日間、家には全く帰らずホテル暮らし。
連日連夜、彼女とゴージャスなディナーをして、その後友達を交えて街に繰り出しドンチャン騒ぎ!
お盆休みが終わってみると、4百万を全部使い果たしていた。
出港の1日前に実家に帰り、次の航海の準備をした。
船の燃料や餌などの積込みをし、次の航海の準備は整った。
積込み作業中、僕を見かけた船頭が「お前、金まだあるのか?」と聞いたので「全然ない!全部使っちまった!」と胸を張って言った。
すると「そうか!お前も漁師らしくなったな!漁師はな、陸で金掴むと沖の苦労は忘れるもんだ」と大きな声で言って笑った。

翌日、15時に船は出港した。
いつものように出港した後の片付けをしていると船頭がブリッジに来いと言っていると大河さんが僕に告げた。
「なんだろう?」と思いブリッジに行った。
ブリッジに入ると、兄である冷凍長と船頭がいた。
兄の左手には、まだ包帯が巻かれてあった。
前の航海の時の怪我が、まだ完治していなかった。
船頭が「お前この航海から冷凍長しろ、兄貴は飯炊きだ」と言われた。
へっ!?僕、まだ乗船半年ですけど…。
マグロ船は3年乗って一人前と言われ、3年目に冷凍長になるケースが多い。
早い人でも、乗船2年目からが普通だ。
しかも、冷凍長なんて・・・。
「俺、できないよ!」と言いそうになったが、言うのを辞めた。
船頭と冷凍長が話し合った結果、僕なら出来ると判断したのだしそれに断る理由もビビる必要もない!
「わかりました」と答え、ブリッジを出た。
「冷凍長か!やってやる」と、気合を入れた。

幻想の海


出港して3日目、船は父島の近くを航行していた。
その日は快晴で、ほぼ無風状態。
海面は鏡のように光り輝き、空の青と積乱雲が海面に写っていた。
僕の当直は深夜0時~2時だったので、23時55分にブリッジに行った。
ブリッジに行く途中の通路から海を見ると、昼間と変わらず無風状態で凪が続いていた。
ブリッジに入り前の当直員と交代をし、コーヒーを作って操縦席に座りCDプレイヤーにCDをセットして、ヘッドフォンで耳を覆い再生ボタンを押し海を見た。
夜空には眩しいくらいの大きな満月が輝いていた。


こういうときは永ちゃんの「A DAY」だな。
CDの選曲をして、プレイボタンを押すと永ちゃんのスローバラードが流れてきて体中に染み渡った。

”くらい闇のはてに、青い月の光。浮かぶ君に出会うまで長い時がすぎた”

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感想(45件)


故郷に残した彼女のことを、思わずにはいられなかった。
出港の前夜、僕の腕の中で眠りに落ちる間際「明日はここにいないんだね」。
ポツリと彼女は呟き、そんな彼女を僕はギュッと抱きしめた。
何も言わずに彼女を抱きしめるのが精一杯だった。
月明かりに照らされ緩やか揺らいでいる海面が、とても綺麗だった。

僕は、ただじっと月明かりに照らされ、海面は鏡のように穏やかで月が反射している。
そんな海を、僕はただじっと見つめていた。
そんな時、右舷側の海面が“キラリ”と光った。
「ん?遭難信号か何かか?」と思い、双眼鏡を使い光った方向を見たが何も見当たらない。
しかし、万が一の事もある。
双眼鏡を持って外に出てブリッジの上に登り、双眼鏡で光った方向を確認した。
何も見えない。
左舷11時の方向には、巨大な満月が出ている。
改めて光った方向を双眼鏡で確認したが、何も見えなかった。
海面に月が写っていてとても綺麗だったので、僕は船が切り裂く風の音と月明かりを楽しみたくなって海面を眺めていた。
すると!
月の真下あたりにキラ!キラ!キラ!と三連続で光った。
そのキラキラは、徐々に波紋のように広がり、キラキラした光は船を取り囲んだ。
すると今度は光はヒュン!!ヒュン!!ヒュン!!と、黒い海面に光の帯が伸び出した。
僕はびっくりして、ブリッジの上から降りてブリッジの中に入り、船頭室のドアをあけ眠っている船頭を起こした。
「船頭!!海が何か変です!!」
僕の声に、船頭は飛び起きて来た。
起きて来た船頭は、僕に「どうした?」と聞いた。
僕は「あれ見てください」と、海を指差し船頭に言った。
暗闇に目が慣れている僕には、船頭の表情がはっきりと見えていた。
驚いた表情の船頭は「これは凄いな・・・」と、息を飲んだ。
光の帯は、船に並行して進んでいた。
「これ、なんですか?」と僕が聞くと
船頭は「イルカだ」と、答えた。
イルカの群れが船に並走しいて、背びれや背中に月の明かりが反射しているのだと、船頭は僕に説明してくれた。
「俺は30年以上マグロ船に乗っているが昔1度だけ、これと同じ光景を見た事がある。しかし、あの時はこんなに大きな群れじゃなかった。」と言って海を見つめていた。
僕も同じように、幻想的な海を唖然としながら見ていた。
光の帯は徐々に海から消えて行き、数分後には月明かりが輝く海に戻っていた。
「お前、いいもの見れたな。こんな光景そんなに見れるもんじゃないぞ」と、船頭は僕に言い、船頭室に入って行った。

冷凍長



南下中、兄にマグロを保存する魚倉の形状を全て頭に叩き込んでおくように言われた。
魚倉は基本的に四角形をしているのだが、同じ四角形でも正四角形に近い物もあれば長方形に近い魚倉もある。
それぞれ、魚倉の大きさも形状も違った。
毎日時間があれば魚倉に入り、魚倉の形を出来る限り頭に叩き込んだ。
マグロはえ縄漁船には、マグロの保管方法で二種類に分けられる。
一つは釣り上げたマグロを、解剖後に急冷室で瞬間冷凍して保存する冷凍船。
もう一つは、生船と呼ばれ、解剖したマグロを海水と真水をブレンドした約0.5度の冷蔵水で冷凍はせずに生のまま保存する船。
僕の船は、生船の方だった。
生船の場合、魚倉は予め冷蔵水が満タンに満たされていて、人が魚倉内に入りマグロを積み上げたり並べることはできない。
魚倉の入り口からマグロを入れ、魚倉の形状に合わせマグロが均等に魚倉ないに並ぶイメージしながら積み上げていく。
それと、魚倉内の冷蔵水の水温は一定の水温で保たれており、0.1度変わるだけでマグロの鮮度に大きく影響するため、冷蔵水が入った魚倉に人が入る事は出来ない。
人の体温で冷蔵水が上がってしまうのだ。
全ては、冷凍長の頭の中にある“魚倉の形状の記憶”と“マグロが積み上がっていくイメージ”が必要となる。
また、魚倉は入り口の高さはが50㎝程あり、マグロを魚倉に入れるにはマグロを腰の高さくらいまで持ち上げる必要がある。
そのため、冷凍長にはマグロを持ち上げるだけの腕力が必要となる。
80キロであろうが100キロのマグロであろうが、一人で持ち上げられなければ持てない冷凍長は船の中の笑い者になってしまう。
マグロを持ち上げる要領は、ダンベル等を持ち上げる要領とは全く違う。
持ち上げるための取手も無いし、魚の肌にはヌメリがあるため滑る。
そのため、握力も必要となるし、そして船は常に揺れている。
こういう作業を基礎として、マグロ船乗りの体は作り上げられていく。
操業が始まり、気を抜く事無く細心の注意で僕なりに持てる力の限りを尽くし、マグロを魚倉に積み込んでいった。
兄へのライバル心が、僕の背中を押した。

絶対に負けたくない!

1キロでも多く、マグロを積んでやる!
その航海は、28回操業で満船となった。
入港して水揚げをし、総トン数が出た。
兄が冷凍長をしていた時よりも、約1トンマグロの積載量が少なかった。
水揚げが終わり、市場の船員用の風呂に浸かりタオルで顔を隠して悔し泣きをしたのを覚えている。
次の航海、兄の左手の怪我は完治していた。
しかし、どうしても負けた事が悔しかった僕は、自分から船頭に「飯炊きもやるけど、冷凍長もやらせてほしい」と願いでた。
船頭は「やってみろ」と、言うだけだった。
次は、絶対に負けねぇ!自分に言い聞かせた。

つづく

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