Fishermans Memoir #1

第一章

遠洋マグロ漁船に乗った10年の物語

現在、東京都内で小さなIT系の会社を経営している。
そんな僕には、よく珍しいと言われる経歴がある。
遠洋マグロはえ縄漁船に乗っていたという経歴だ。
18歳で高校を卒業し、実家が運営するマグロはえ縄漁船に乗った。
この物語は、僕の18歳から28歳までの10年間の実話に基づいた物語である。

卒業、初出港


1987年、初春3月。
九州の小さな海辺の街にある水産高等学校。
僕はある事情により、同級生に12日程遅れて高校を卒業した。“ある事情”については、触れないでおく。
僕の卒業式は、薄暗い校長室で行われた。壁には「質実剛健」と書かれた大きな掛け軸が掛けられてある。
卒業式の出席者は、担任の先生と副担任の先生、それと教頭先生と校長先生の4人の先生方と僕の5人だった。
薄暗い校長室で、校長先生が僕に対して卒業証書を読み上げ、卒業証書を手渡しながら、人生の教訓的なことを言ったのは覚えているが、何を言われたのか全く覚えていない。
僕は卒業証書を受け取り、校長先生に一礼をし横に並んでいる先生方に一礼をした。
素っ気ないひとりぼっちの卒業式だった。
寂しい卒業式を終え、校長室を出て校舎の玄関まで3年間担任を務めてくれた先生と副担任の先生が見送りに来てくれた。
玄関に向かい歩いている時「出港はいつだ?」と担任の先生。
「明後日です」と答えた。
下駄箱からつま先の尖った革靴を取り出して履き、出口に向かって歩いている時、心の中にお世話になった先生に“最後のケジメつけなきゃ”みたいな気持ちが湧き上がった。その気持ちを表そうと思い、二人の先生に向かって振り返りピシッと背筋を伸ばして姿勢を正して

「先生!3年間お世話になりましたっ!」

と言いながら、海軍式の敬礼をした。


僕の通っていた高校は県立の水産高校で、海洋実習の授業や朝礼では”敬礼”が慣習となっていた。
僕の敬礼に対して、二人の先生はビシッと姿勢を正しゆっくりとした敬礼で返し、担任の先生は「元気でな」と言った。
僕は踵を返し、玄関の出口に向かい校舎を出た。
振り返らなかった。

春休みだったため校内には僕一人、学校は静まり返っていた。
校舎を出ると校庭があり、校庭の先に大きな下り階段がある。
階段の下にはグラウンドが広がっている。
僕はグラウンドまで降りて行き、ベンチに腰掛けた。
グラウンドには薄っすらと靄がかかり肌寒かったが、澄み切った空気が心地よかった。
グラウンドにかかった靄は、春の朝の冷え込みが午後にかけて気温が急上昇することを知らせていて、春の陽気が漂う晴れた朝だった。
グラウンドで一人、3年間過ごした日々を思い出しそれに浸っていた。
空手とキックボクシングに明け暮れた、一年生から二年生までの2年間。
頭の良くない僕は、キックボクシングの世界チャンピオンになると本気で思っていた。
「沢村忠の次は俺だな」

とか

「矢沢の次は俺だな」


と本気で思っていた。

高校二年生も終わりかけた春、試合中の事故で左足の膝の大怪我してキックボクシングを断念し、人生で初めての挫折を味わった。
三年生になってから早く大人になりたくて、いっぱいいっぱい背伸びをした。

実らなかった初恋、ケンカ、タバコ、パチンコ、バイク。

色々な思い出が頭を過る。
僕は、大きく息を吸い込んだ。
グラウンドの土の香りと近くの海から漂ってくる潮の香りが混じり合った、独特な香りがした。
吸い込んだ息を「フゥーッ」と一気に吐き出すと同時に「じゃあな」と、独り言を言って立ち上がり学校を後にした。

2日後、出港の日。


僕が乗る船は、実家が運営する59トン型遠洋マグロはえ縄漁船。


僕の故郷は、街から海上フェリーで約30分の、豊後水道の先端辺りにあって太平洋に面した周囲約4kmの小さな離島で、昔から遠洋マグロはえ縄漁船で栄えた島だ。
出港時間は15時。
よく晴れた暖かい春の日だった。
出港の30分前、船が停泊する港に歩いて向かった。
港に行くと僕の初の船出を見送りに、同級生をはじめ下級生や近所のおじさんやおばさんなど、沢山の人が僕を見送りに来てくれていた。
初めての船出をすることと、初めて船に乗る人を合わせて“初乗り”と呼ぶ。
近所のおばさんが船に向かう僕を見かけ、「大漁してくるんだよ!」と声をかけた。
僕は少し引きつった笑顔で会釈をして答えた。
船が着岸する岸壁に着くと、船には赤や青や黄色などの航海の無事を祈る五色の紙テープが沢山繋がれていた。
それはヒラヒラと風に棚引いてとても綺麗だった。


それは僕だけが特別扱いされているのではく、代々マグロを獲る漁師を生業として受け継がれたきた島の風習で、“初乗り”が出港する時は、全ての島民が祝ってくれる。
子供の頃、僕もこうして父親がマグロ船で出港するたびに見送った。
今は、僕が見送られる番だ。
マグロ漁船の漁師になることが夢だった僕にとって“初乗り”は憧れで「いつか自分もああいう風に見送ってもらうんだ。」そう思って育った。

しかし、その時の僕の心境は、その光景の中心に自分がいて、自分が“初乗り”という感覚は殆どなく。ましてや“漁師になる”という覚悟も全くなかった。
心の整理がつかないまま、ただ流されるだけ。
船のスピーカーからガンガンに流れている矢沢永吉のロックと、見送る人々の笑顔。
混乱と複雑な心境と照れ臭さが入り混じり、変な笑顔になっている佇む僕。
港の防波堤に寄りかかり、友達と談笑ながら出港の時間を待った。
お祭り騒ぎの周囲の人たちとは対象的に、緊張感に包まれて変なテンションで変な笑顔を浮かべている僕。
周囲の人との隔たりみたいなものを感じた。
そうしていると、船から「ゴォー」という音と共に、中央にある煙突から黒い煙が勢いよく噴き出した。
船のメインエンジンが起動した音だ。
家族や友達と笑顔で会話をする船員達、父親が長い間不在となることを悟った子供が、父親に「行っちゃ嫌だ」とすがって泣いている。
そんな中、船頭からの「出すぞ!」という号令がかかった。その号令を聞き、乗船員が一斉に船に乗り込む。
僕もそれに続いて乗船した。
接岸用のロープが岸壁からとかれると同時に、船のエンジンの音は更に大きな音を上げた。
ゴォォォォォォォー!
船は唸りを上げながら、ゆっくりと岸壁を離れる。
船首と船尾から陸へと繋がれていた接岸用のロープが、陸の繋留策(けいりゅうさく)から外され船に巻き取られていく。
船は岸壁を離れ、船首を港の入り口に向けてゆっくりと進んだ。
先輩船員が「おい!船首に立って見送りに来た人に手を振って大漁してくるぞと挨拶しろ」と言った。
僕は船首の先端に立った。(映画のタイタニックの有名なシーンと同じ位置)
船は港から外海に出て、岸壁で見送る人々の前までくると、海に大きな弧を描き旋回を始めた。
僕にとって、漁師になるための最初で最後の一代スペクタクルイベントの始まりである!
外洋に出た船は洋上に綺麗な弧を描き旋回する。
旋回しながら警笛が鳴らされる。
エンジン音とスピーカーから流れる永ちゃんのロック。

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感想(7件)


見送る人々は、船首に立つ僕に向かって「がんばれよー!」と声援を送っている。船首先端に立つ僕に向かって投げられる五色のテープと打ち上げられる花火。
僕は見送りをしてくれる人たちに対して、精一杯、できる限り大きなゼスチャーで手を振った。
2度旋回した頃、故郷の島全体が僕の目に飛び込んできた。

生まれて育った場所。

海と空。

そこに暮らす人々。

そのすべてが友であり、愛すべき故郷。


そんな思いが心をよぎった時、「遂にマグロ船に乗ったんだ」と初めて思った。
船は3度目の旋回。
目の前に見える友達や親戚。
初恋のあの子の顔も見える。
少し離れたところに一人佇み、じっと僕を見つめている祖父。
母の少し心配そうな笑顔。
「かあちゃん、ありがとう」
「じいちゃん、一人前の漁師になるからね!」
「うまく言えねーけど、みんなに感謝!」
感謝の気持ちは叫ぶべきなんだろうけど、声には出せなかった。
手を振ることが精一杯。
船は三度旋回し、船首を外洋に向け遠洋航路に進路を取った。
「行ってくるぞ!」とばかり、プァァァァー!っと汽笛が鳴らされた。
外洋に向かう途中、島の北側に位置する山肌に小さな祠がある。
船の安全と大漁を祈願する神社だ。その前で一旦船を停止。
祠に向かい、全船員で航海の無事を祈って手を合わせた。
お神酒が全員に配られる、湯のみ茶碗に日本酒。
僕は、湯のみ茶碗に注がれたお神酒を一気に飲んだ。
船のエンジンは再び音を上げ、前進を始めた。
島の半島を周り、船が太平洋に面した時、エンジン音は轟音に変わった。
全速前進。
船尾から見える故郷は、だんだんと小さくなっていった。
接岸用のロープや坊舷策などの片付けが終わると、それまで出港の祝いに包まれていた船の雰囲気は、家族や恋人、友人や故郷とのしばしの別れに対する哀愁のような雰囲気に包まれた。同様に船員達の表情にも哀愁が漂っていた。
片付けが終わると、船員達は各々の寝台がある部屋に入って行った。
なにせ、初めての経験である。船全体を覆っている哀愁を感じることはできるが、心の中では、どういう風に対応して良いのかはっきりしない。
ただ、船の後方でどんどん小さくなっていく故郷をボーッと眺めていた。

出港して2時間程経つと、故郷も見えなくなり景色は360度見渡す限りの海になり、辺りには夕闇が迫っていた。
東の水平線は群青色に染まっている。
東から空の中央までは紺色から水色に変化しており、空の中央から夕陽の沈んだ直後の西の水平線はオレンジ色に染まっていた。
僕から見えている空全体に、綺麗なグラディエーションで描かれていて、夜を迎え入れるかのように東から北の空には星がまたたいている。


僕は、北極星を探した。
北極星は地球の自転軸を北極側に延長した線上の近くに位置しているため、地球上から見るとほとんど動かず、北の空の星は北極星の周りを回転しているように見える。北極星は船等の、天測航行を行う際に正確な測定をするための固定点となる。
船尾正面に向かって立っている僕の右側の頭上に北極星はあった。
「船は南南東に進路をとっているんだ」と思った。
空は見る見るうちに暗くなってきていた。
「夜の帳が降りるってこのことをいうのか?」と思いながら空と海とを眺めていた。
すっかり暗くなった空、見渡す限りの海、ゴォーっという船のエンジン音。
“初乗り一代スペクタクルイベント”の余韻は、いつの間にか消えて行き我に返った感じがした。
その時、フッと
「そうか!これからずっと海に囲まれて生活するんだ!!俺は、この船で生活するんだ!」
「しまった!!!遊びたい……」
そんな気分に浸っている暇もなく、あるものが僕を襲った。
頭がくらくらして眠気がする。
同時に、胸に込み上げる何とも言えない気分の悪さ。

船酔いである!!

出港してわずかの時間、目を閉じると既に故郷と友の顔が目に浮かぶ。
僕は船尾に腰掛け、青ざめた顔でボーッと黒い海を眺めていた。
そんな僕に、ボースン(甲板長)が声をかけた。
ボースンとは、船の漁具の製作や管理や外板設備、漁の運用など船の甲板部に関わるリーダーのことで、会社で言うなれば部長的、チームで言えばキャプテン的な存在である。
「お前の寝台に案内してやる。付いて来い」とボースンは僕に言い
船尾にある入口の下降階段へと向かい、船内の居住区へと入って行った。
僕はそれに続いた。
船尾の居住区は、食堂が中央にあり、左舷側と右舷側に1部屋づつある。
1つの部屋に上下2段の6つの寝台があった。
ボースンは、右舷側の扉をあけ、上の段の小さな箱のようなスペースを指差し「ここがお前の寝台だ」と言った。
「うん」と、僕は返事をした。
寝台には、小さな蛍光灯が一つ付いていた。そのスイッチを入れた。
寝台には畳まれた布団があり、僕が積み込んだウォークマンやカセットテープ等がおかれてあった。予め、誰かがおいてくれていたのだろう。
船酔いでクラクラしながら、畳まれた布団を寝台に敷き横になった。
狭っ!!!!
僕の身長は170センチくらいだが、寝台の縦幅は僕の身長でほぼぴったり。爪先を伸ばすと、爪先が壁に着いた。
体重は65キロ位で、横幅も肩と壁の間に拳が一つはいる程度の隙間があるだけだ。
寝台には、カーテンが一枚付いていていた。
船酔いが酷くなってきて、とにかく気分が悪いので寝台に横たわり、カーテンを閉めた。
船のエンジン音がゴーゴーと凄まじい音を立てている。
すると、ジャッ!!!と僕の寝台のカーテンが開いた、僕の下の寝台の先輩船員だった。
「お前のワッチ(当直の意味)は、ジュウジュウニだからな。起こすぞ」と言われた。
「ジュウジュウニ?ってなに?」と聞き返すと「十時から十二時までの二時間の当直だ」と先輩船員は答えた。
僕が「わかった」と答えると、先輩船員は無言でカーテンを閉めた。
当直(ワッチ)は2時間で、船頭が朝6時〜8時までの2時間の固定ワッチと飯炊きであるコック長が夕方18時〜20時の固定ワッチ、機関長はワッチが無く20時間を他の船員がローテーションでワッチの担当をする。
僕の乗っていた船は船頭を含む船員が8人乗船していたので、12〜14時間毎に僕がワッチの当番が回ってくる。
暗く小さくエンジン音の鳴り響く寝台の中で少し怖くなった。
「これから、ずっとここに寝るんだ・・・」
しかし、それにしても気持ちが悪い。
船酔いは容赦なく、ドンドンひどくなっていく。
うるさいし、ゆれるし、きもちわるいし。
寝ようとしたが、眠れるわけない。
漁船特有のローリング(横揺れ)とピッチング(縦揺れ)の揺れの連鎖は、容赦なく僕を襲いかかってくる。
思わず叫びたくなり「うーーん」と、大きな声で唸った。
すると、寝台の底からドンッ!!!!!と突き上げる衝撃と音が聞こえ
「うるせぇ!」と、下の寝台で休んでいる先輩船員さんの怒鳴る声がした。

「わぁ~お、怖いじゃないですか」

と、心で呟きそっと目を閉じ、布団を口に咥えて歯をくいしばった。

いつの間にか眠ってしまったのだろう…。
寝台のカーテンの開く「ジャッ!!!」という音と共に体が激しく揺さぶられる感覚で目が覚めた。
目を開けると、僕の下の寝台の先輩船員が立っていた。
彼は「起きろ!ワッチ(当直)だ!」と言って部屋から出て行った。
「たくっ、起こし方ってもんがあるでしょうに」と、思いながら気怠さがある体を起こし、船の中央にあるブリッジ(船橋)に向かった。
ブリッジに行くと、操縦席があり先輩船員はそこに座っていた。
僕の姿を見た先輩船員は席から降りて「そこに座れ」と僕に言った。
僕は言われるがまま、席に座った。
「0時になったら、次の当直を起こせよ。」と言われた。僕は「うん」と答えた。
先輩船員は、それだけ言うとブリッジを出ようとした。
僕は慌てて聞いた。
「ワッチって何するの?」
「他の船が来ないか見張っていれば良いんだ」と先輩船員。
「船が来たら?」
「衝突するかもしれないと思ったら、船頭を起こせ。まぁ衝突するなんてことは万に一つもないけどな」と言い、先輩船員はブリッジを後にした。
あまりにぶっきら棒な言い方だったので「この人、僕の事が嫌いなのかな?」と思った。
操舵席と言っても、舵を握り操縦するわけではない。
船の操縦は自動操舵装置によって、入力された緯度と経度に向かって自動的に進んでいる。
しかし、ゴーーーッという船のエンジン音をBGMに、相変わらずのローリング&ピッチング。
真っ暗闇の海を見るだけのお仕事。
10分もしないうちに、また気分が悪くなってきた。船酔い再開。

うぉぉぉぉーーーー、気持ち悪いぞぉぉぉぉぉーーーー!!!


と思えども、どこか陸を目指して船は航行している訳ではないので、到着して船の揺れが収まるわけでは無い。
この揺れは今後ずっと続く。
出港してまだ数時間しか経っていない。
「これから漁をしに行くんだ。マグロを獲りに行くんだ。」
そんな事を自分にいい聞かせながら、暗闇の海を見つめていた。
船なんか一隻も通りゃしない。
見渡す限り真っ暗な海が広がっている。
船酔いとの過酷な戦い。

当直をはじめて1時間程たったとき、父親である船頭が起きて来た。
船頭室は、ブリッジ(船橋)内にある。
父親は無言のままコーヒーを入れて、ブリッジの操舵室中央に設置されてある自動操舵機に肘をつき、外に見える真っ暗な海を見つめタバコに火を付けた。
父親は視線を真っ黒の海に向けたまま僕に言った。
「いいか、今日から俺の事を父ちゃんと呼ぶな。今日からは、船頭だ」
少しの沈黙のあと、僕は「うん」と答えた。
返事をした僕に、タバコを差し出し「吸うんだろ?」と言った。
僕は、父から差し出されたタバコを一本取り出し口にくわえた。
父親は、自分の持っているライターに火を付けて、僕がくわえたタバコに火を付けてくれた。
ガキの頃から、怒ると凄く怖い親父で、悪いことをすると必ず殴られた。
特に目上の人に対して失礼な態度を取ることを極端に嫌う人で、子供の頃、横になってTVを見ている父親を跨(またい)いだ時「親を跨ぐとは何事だ!」と行ってボコボコにされたのを覚えている。
思春期の頃なんかは、怖すぎて父の目を見て話したことはほとんどない。
父親に火を付けてもらったタバコを吸ったとき“大人になった!”と、僕は思った。
父親に、大人として認められた気がした。
二人で真っ暗な海を見つめ無言でタバコを吸っていると、兄貴がブリッジに入って来た。
兄貴はコーヒーを入れて、タバコに火をつけて吸いはじめた。
親子三人、無言で揺れる船の中、真っ暗な海を見つめていた。
その時、僕は思った。
これからは、親父でも兄貴でもないんだ。男同士なんだ」と。
何も喋らないが、二人とも僕のことを思いやっている感じが、二人の雰囲気からは伝わってくる。
兄貴はタバコを吸い終わると、なんと無く安心した雰囲気を纏いながら、何も言わずにブリッジから出て行き親父も船頭室に入って行った。

船酔いで気持ち悪さの中、暗闇の海を見つめていた。
というより、耐えていた。
気持ち悪くて何も考えられないし、1秒でも早く横になりたい。
眼前に広がる真っ黒い海を見つめ、数分毎に時計の時間を確認する。
そんな時間が続いた。
あと5分で0時になる頃、ブリッジのドアが開き、次の当直員である先輩船員が入って来た。
先輩船員はブリッジに入ってくるなり「ワッチ交代!」と元気よく言って僕の肩を叩いた。
僕は「うん」と行って、操舵席から降り先輩船員に席を譲った。
先輩船員が「日誌に記入して、機関室に行ってエンジン用の燃料を燃料タンクに移せよ」と僕に言った。
僕はブリッジの左舷側の棚の上にある電気スタンドのスイッチを入れ、当直員名、船の速度、航行方向、風速、波浪等を日誌に記入した。日誌に記入し終わると、先輩船員が「燃料の移し方教えてやるから付いてこい」と言い、先輩船員に付いてブリッジを出て機関室に向かい、機関室のスイッチや計器類が並んである配電盤の前に行った。配電盤の右側に赤いボタンがあり、そのボタンの下に「アブラ」と書かれてある。
その赤いボタンを押すとエンジン用の燃料タンクに燃料を自動で移せる。
配電盤の横に燃料が溜まる計量ゲージがあり、ゲージの上部にマジックペンで「ここまで」と書かれて線が引かれてある。
ボタンを押してから3分程して、燃料ゲージ内茶色の液体は「ここまで」の線まで来た、「アブラ」と書かれたボタンの横の「停止」というボタンを押すと燃料移動が完了である。
機関室はエンジンの轟音で覆われていて、話し声は相手の耳元で、大声で話さないと全く聞こえない。
そのため、僕は先輩船員の顔を見てアイコンタクトで「これでいいの?」という表情をした。
すると先輩船員は、右手の親指を立てウィンクをした。
そのリアクションは凄い違和感で、船酔いの気持ち悪さよりも先輩船員のその仕草の方が気持ち悪かった。
機関室から居住区に抜ける通路を通り、部屋に入り寝台に潜り込んだ。
船酔いの気持ち悪さと眠気がミックスされた感覚と、ゴォォォォーというエンジン音の中、目を閉じて無理やり眠りにつこうとしたが、なかなか眠れない、とにかく船酔いで気持ち悪い・・・・・。
いつの間にか、気持ち悪さよりも眠気が優ってきて、意識が薄れてくるのを感じた。

つづく

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